澤田升男の感謝ブログ 住む・暮らすを考える 住もうよ沖縄店

自然に近い環境ほど能力が上がる!

一般の医療では適応外とみなされる症状の患者を受け入れ、30年間で約5000人の子どもの命を救ってきた高橋義男先生。外科的治療だけで終わらせず、社会の中に入っていくまでを治療と考え、家族と二人三脚で闘う姿はドキュメンタリー漫画にも紹介されています。「環境の原点回帰こそ健康のスタートライン」と語る澤田益男とともに、潜在能力を上げる環境づくりについて語っていただきます。

医療者の原点とは、
命を助けたいと思う心。

澤田

義男先生は多くの病院が「治療適応なし」「生存困難」とする重篤な脳の病気を持つお子さんの命をこれまで何千人も助けてくれました。これは誰にでもできることではありません。

高橋

医療の原点は「命を救うこと」であり、「生き抜かすこと」です。僕の場合は、医者になった40年前から「チャンスの芽は必ずある」という人生観を持っていて、いわゆる”適用外”と呼ばれるお子さんを引き受けるようになったんです。でも、命を救うだけではダメで、人としての原点は、たとえ障がいがあっても生かされるのではなくて自分らしく社会生活が営めること。そこで初めて治療が終わると思ってやってきました。
原点に戻るという意味では、澤田さんの家づくりも同じではないですか?昔から住宅に使われてきた自然のものを利用するという考え方は、まさしく原点回帰だと思いますよ。

澤田

たしかに今の家づくりは真逆なんですね。スピードが命ですから、工場で量産した材料をプラモデルのように組み立て、工期を短くすれば棟数は建てることができますが、利益を得るのはメーカーだけ。先生のおっしゃる原点回帰からどんどん遠ざかっているのが現状です。

子どもの治療は、社会の一員となって初めて終わるんです。

あきらめなければ希望はみつかる。

澤田

ただ、僕の場合は父が宮大工で、昔ながらの頑固な家づくりを継承したともいえますが、先生はなぜそのような医師を志すようになったのですか?

高橋

もともと医者を目指していたわけではないんです。高校ではスポーツ(ラグビー)ばかりやっていました。大学で何を学ぼうか悩んだとき、単純に医者だったら飯が食えるだろうと…だから、そんなに大きな志はありませんでした(笑)。転機があったとすれば、高校時代、弱小ラグビー部を自分たちの力で強くしていった成功体験です。誰かに教わるのではなく、自分らで計画的に作戦を立て、実践した結果、まわりも驚くような強いチームになった。僕はよく「不可能を可能にする」と言うんですが、それを体験的に知ったことが、今の医療の考え方に活かされていると思います。だから、患者さんの家族にも「あきらめる必要はない」と言うんですが、案外これが難しい。

澤田

どこかで見聞きした情報にコントロールされ、「もう治らない」と決めつけてしまう親御さんが多いのですね。

高橋

その通りです。子どもたちが辛い治療に耐えているのに、親があきらめてしまってはその先にいけません。そこで、治療を始める前に同じ病気と闘っている患者さんのご家族と会ってもらうことにしているんです。すると、思い込みが解除され、病気に対して前向きに取り組めるようになるだけでなく、子どもの治る力を信じられるようになる。その結果、奇跡的な回復を遂げた患者さんは少なくありません。

澤田

実は「0宣言の家」でも不思議なことが起こっています。たとえば、脳機能障害で自分の力では歩くことも話すこともできなかった十代のお子さんが、「0宣言の家」に引っ越して半年もしないうちに、自力でトイレに行けるようになり、今では2階に一人で上がれるようになったのです。親御さんに「なぜこの家に決めたのですか?」と伺うと、「モデルハウスに連れて行ったら、この子はとても気持ちよさそうにしていたから」と。「これまでさまざまな治療を試してきたが、住まいでここまで変わるなんて信じられない」と驚かれていました。

高橋

それこそが出会い。そのお子さんにとっては、家の環境の変化が突破口になったんですね。自然素材に囲まれてリラックスしたのかもしれませんが、本来の自然環境というのは必ずしも便利が優先ではありません。そこで生まれる課題が刺激になり、自分で壁を乗り越えたとき、思いもよらない結果が出てくることがあるんです。

自然に近い環境が潜在能力を上げる

「家」という環境で、
たくさんの奇跡を起こしたい。

澤田

僕は、光・水・土といった自然エネルギーが生命を育むように、「0宣言の家」に使われているさまざまな自然素材から出る放射エネルギーが健康に関係しているのではないかと考えているんです。つまり環境が潜在能力を上げると。

高橋

それはおっしゃる通りだと思います。基本的に、自然のエネルギーが治癒力を高めるのは間違いない。それを阻害しているのが、住宅で言えば工業化製品や揮発性有機溶剤であるわけです。それらをやめれば能力は自ずと下がります。
特に病気の子どもにとって大事なのは安心できる「陣地」を作ってあげること。家って自分の城みたいなもので、病気という敵に対して防衛するのも、作戦を立てて攻め出すのも心休まる陣地があればこそ。そうすると、自分でもいろいろやることが出てくるから能力が戻ってくると考えられます。
そこにもうひととつ、望ましい外的環境が加われば、病気のためにいろいろあきらめなければいけなかった人たちの秘めた能力がもっと発揮されると思います。

澤田

先生のおっしゃる望ましい外的環境とは?

高橋

医療の質を高めるためには、地域と医療が連携し、病気を持っていても自由に飛び出していける社会を作らなくてはいけません。そのために必要なのは、スロープでもエレベーターでもなく、「人が人を理解すること」。たとえば歩けなくても、話せなくても、彼らにたくさんの能力があること、私たち同じように生活を楽しんでいきたいと思っていることを周りが理解することで、「真の障がい」はクリアできると思っています。

ともに目的を成す宝物=人材を探そう。

澤田

先生は治療と並行して、発達障がいのあるお子さんの水泳教育に取り組む市民団体なども設立されていますね。

高橋

そうです。ここで能力を伸ばし、パラリンピックに出場できそうな子もいます。今後の展望は、子どもたちを育て支え合う地域の仲間を一人でも多く増やすことです。今は、持っている人と持っていない人を分ける分化が進んでいるけど、みんなと少し違ってたっていい、「みんな同じ人間だべや」と思う人が増えるほど、彼らも違和感なく社会の中で自分らしく生きていける。それを僕は「宝物さがし」と言っているんです。

澤田

同感です。僕も志を同じくする全国の仲間を増やしたいと思っています。ただし、僕らの家づくりは手づくりの部分がとても多く、腕のいい職人さんも必要で、とにかく手間暇がかかる。だからこそ、本当にこの家づくりに惚れた人とだけやるほうがエネルギーも強くなると思っているんです。真の目的は、本物の住宅をつくって届け、健康を増進させる人を増やすこと。そのことをデータでも証明しながら、もっともっと奇跡を起こしたいと思っています。

我が子の治療法を必死に求めながら、いくつもの病院に見放された患者と家族の命と心を救う一人の医師の物語。「子どもの魔術師」と呼ばれ、不思議なあたたかさを持つ高橋義男先生をモデルとしたドキュメンタリー漫画「義男の空」(エアーダイブ)

高橋義男様

高橋義男様

高橋 義男 医師
脳神経外科医
1949年、北海道生まれ。札幌医科大学卒業後、中村記念病院に勤務。
札医大、北海道立小児総合保健センター勤務などを経て、2005年、とまこまい脳神経外科、岩見沢脳神経外科、大川原脳神経外科病院、別海町立病院小児脳神経外科部長就任。住医学研究会顧問。

障がい児の支援団体「にわとりクラブ」、「ほっかいどうタンポポ」などの代表顧問も務めている。
自身がモデルとなった漫画『義男の空』(エアーダイブ)は現在第10巻まで発売中。

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