澤田升男の感謝ブログ 住む・暮らすを考える 住もうよ沖縄店

100年スケールで考えた”心”を受け継ぐ家づくり。

古民家を再生し、古い木に守られた暮らしを楽しみながら文化継承に尽くされている浜美枝さんと、長く安心して健康に暮らせる「本物の家」を啓蒙されている澤田升男さん。願いをカタチにしてきたお二人が「家」を通して伝えたいことは?

美しい古民家を後世に残したい。

澤田

箱根で築100年以上の古民家を再生した自宅を建てられ、住んでおられると聞きました。何年前からですか?

もう35年以上たちます。でも、家づくりのスタートはもっと前になります。そもそも中学生のとき、柳宗悦さんの民芸運動に感銘を受け、民芸に魅せられて、女優になってからも全国各地を旅して歩いていたんですが、ちょうど高度経済成長期の60年代、次々と美しい古民家が壊される場面に遭遇して。ショベルカーやチェーンソーの音がとても切なくて、どうしても見過ごせずに12軒の家を譲り受け、解体して一軒の家に建て替えることにしたんです。そこから梁を組める職人さんを探し、一部屋一部屋手間をかけながら合掌造りの家を仕上げていきました。

澤田

しかし、それだけの家を建てるとなると職人探しも苦労されたでしょう。

おっしゃるとおりです。当時はインターネットもありませんから、人づてに「あそこに腕のいい職人さんがいるらしい」と聞くとどこへでも訪ねて行きました。でも、どんなに腕が良くても相性がありますでしょう。「この人だ!」と思う方に出会うまでに2年かかりました。

澤田

腕のいい職人には気性の荒い人が多いですからね(笑)。僕も親父が宮大工で、物心ついたときには住み込みの弟子が何人もいて、その人たちと一緒に厳しく育てられた思い出があります。毎朝5時に起こされて、カンナを研いで、材木を運んで。でも、超スパルタで教育されたおかげで、中学に入ったころには家一件の構造材は楽に刻めるようになっていました。その親父がいつも口癖のように言っていたのが「魂を込めて家をつくれ」。今、自分が「魂を込めた家づくり」ができる人を真剣に育てているのも、やはり父親の影響が大きいと思います。

たしかに、そういう職人さんにお願いすると、帰ったあとも現場にチリ一つ落ちていない。木と対話しながら黙々と作業に打ち込んでいる姿には、哲学すら感じます。その手から生み出された家は、本当に「心地いい」の一言に尽きますね。

未来へつなぐために百年スパンで考える。

澤田

今は残念なことにいい職人が減っています。昔なら腕のいい大工のところに現金を持っていって、「これで家を建ててください」「わかった、一年待っとれ」というつくり手と住み手の関係がありました。それで職人の生活が守られ、納得いく家をじっくり作ることができたんです。ところがハウスメーカー主導型のスピード優先の家づくりが主流になると、一本一本、木の性質を見ながら適材適所の家をつくることは難しい。新建材のように大量生産できて、施工の楽な材料に頼らざるを得ません。人件費も抑えられ、腕のいい職人さんたちが廃業に追い込まれています。でも、誰にでも簡単に組める家なんて、僕から言わせると「三流」です。それでも、長持ちすればいいかもしれませんが、欧米の住宅が100年~200年持つのに対して、今の日本の住宅の平均寿命28年。新築のときはみんな感動しますが、僕にはゴミの山を作っているようにしか見えないんです。

お話を伺うと、ドラマの世界も同じですね。時代劇がどんどん減って、小道具さんや衣装さんをはじめ裏方さんたちがごく当たり前に身につけていた技術が伝承されなくなっているそうです。そうなると人も育ちませんよね。山田洋次監督も、「その時代劇が取れなくなってしまう」とおっしゃっていました。でも、このまま行くとも思えないんです。

澤田

ここ10年ぐらいで自然素材住宅が増えるなど、つくり手の姿勢も変わってきました。でも壁の内側や床下の見えない部分は、シックハウスの原因になるような化学物質を含む石油製品を平気で使っていますからね。そこに気づくにはまだ時間がかかるような気がします。

私は自分で選んで「手仕事の家」に住んで、その心地よさを十分享受していますから、そのあたりの住宅事情に疎いんですが、自分も煤だらけになって一本一本、木を磨いた経験から言っても、家をつくることがそんなに簡単ではないことはわかります。家って、それだけ愛おしいものだと思うんです。そう考えると、生涯を託す家を安易にお任せしてしまうのは、何か損しているようでもったいないですね。私の場合は、自分でも手をかけて、30年、40年、住み続けてようやくしっくりしてきたな、50年後がもっといい家になるだろうなと楽しみに思っているところ。家だけでなく教育もそうですが、10年、20年なんてあっという間。物事は何でも100年スパンで考えないと先がないんじゃないかって思いますね。

思いの宿る「木の家」その温もりを伝えたい。

澤田

それだけ木の家の良さをわかっていただけると、正直嬉しいですね。実際、というのは切られてからも数百年以上、正倉院にいたっては千年以上も生き続け、強度を増していくといわれていますが、住み心地はいかがですか?

そうですね。木に守られているという気がしますね。12軒分の木を一本も無駄にすることなく使い切り、この梁がどの家のどこにあったか全部わかっている状態で住んでいますと、この家を構成するすべてのものに当時住んでいた人たちの想い、家を手がけた職人さんたちの想い、木そのものの想いが宿っているように思えて仕方ないんです。そこで4人の子育てをしてきましたから、もちろん私たち家族の想いも宿っていると思います。でも、私個人のものという気もしない。お預かりしている家のように感じているんです。12軒の家に出会い、職人さんたちに出会い、いえ、出会ってしまったというのかしら(笑)、ここまで導かれてきたのも、やはり木が守ってくれたおかげだと思っています。

澤田

家づくりの物語を一緒に見ているから、余計に思いが強いのでしょうね。僕も出来上がった家を見ると、どんな性格の職人がつくったのかだいたい見当がつきますよ。木に想いが宿るというのは本当だと思います。

子どもたちが巣立った今は、家のほとんどのスペースをオープンにして、ギャラリーやハウススタジオ、ワークショップなど、一般の方に使っていただけるようにしています。囲炉裏を囲んでおしゃべりをするだけでもいい。太い梁の下にいると心が安らぎますし、柱に身を寄せれば木の呼吸が聞こえてくる。古い木の持つ力強さ、温もりを味わっていただければと思っています。自分用のスペースは別に増築したんです。狭いですけれど、そこを終のの棲家にしようと思って。職人さんと一緒にそれこそ1年かけて、じっくり家づくりを楽しみました(笑)。

澤田

ということは、箱根のお宅には僕らでも行けるんですね。それはいいことを聞きました。若手に勉強させたいので、ぜひ近いうちにお邪魔させてください。

喜んで。お待ちしています。

ウソや甘えを排除した「本物の家づくり」。

澤田

僕も浜さんと同じように、「家」を通して今の日本人が忘れかけている「心」というものを伝えていきたいですね。というのも、あるとき目標を利益に置いたことがあったんですが、途端に家づくりも前とは違う、心ないものになってしまい、やはり利益がほしい人ばかりが集まってきたんです。でも、心がなければ絶対いい家はできません。そのときは、社員もお客様も協力会社も僕も、誰も幸せじゃなかったですね。それもあって、今は、作る側にも、住む側にも幸せになってもらいたいという思いで、「本物の家づくり」を広める活動をしているんです。僕の考える「本物の家」とは大きく言うと、日本の文化を意識できる「木の家」。そして、エアコンに頼らなくても体感温度の気持ちいい家です。見えない部分まで自然素材にこだわった「呼吸する家」は、長持ちするだけでなく、健康的で、古民家のように歳月を経ても美しさに磨きがかかる家になると思います。もちろん選ぶのお客様自身ですが、少なくとも真実の情報をお伝えし、「正しい目」を持っていただくために、年100回以上、土日祝をすべて終了セミナーに費やしています。それこそ40℃の熱があっても休むことはしません。

なぜ、そこまで使命感を持っていらっしゃるんですか?

澤田

法律ではよしとされている材料でも、実際には体に悪い影響を与える材料や工法がたくさんある。それを知ってる限りは、プロとして伝える義務があると思うからです。それに、「本物の家」も僕一人の力じゃ広がりませんが、僕が一般の方に伝えると、「そういう家に住みたい」という人が増えますよね。すると、つくるほうも本物をつくるしかなくなる。「本物」にウソや甘えがあっちゃいけないというのが僕の考えです。「本物の家」を望む人が増えれば増えるほど、日本の住宅もよくなっていくはずです。

その通りですね。日本人の美意識を手放さないよう多くの人に伝えていくのも、私たちの役割かもしれないですね。

浜美枝様

浜美枝様

浜 美枝
女優
1943年東京生まれ
日本を代表する女優として活躍する一方農業ジャーナリストとして全国各地を旅し続ける40歳で演じることを卒業し子育ても箱根の自宅をヤマボウシとして火曜ここを訪れる人に私的な暮らし方を提案している

PAGETOP
Copyright © 澤田塾 All Rights Reserved.